子どもの頃に、父が銀行の口座をつくってくれて、あまり実感はなかったけれど、なんか大切なものをくれたんだな、と思った。
銀行にお金を預けるのが、空気を吸うようにあたり前な今。
そのシステムの始まり、のお話。
むかしむかし・・
人々は、「商品貨幣」を使って生活していました。
その土地で多くつくられ、誰もが生活のうえで必要とするものー 米や小麦、塩、油、布、皮革、などを、交換の媒介物としていました。
でも、持っていくのかさ張るし、古くなったりもするし、いろいろ不便。
しばらくすると、
錬金術が発達し、貴金属がお金として使われるようになりました。
金属は、希少でめずらしく、誰もが欲しがりました。
皆が欲しがったので、交換の媒介物として成り立ちました。
「金属貨幣」の誕生です。
またしばらくすると、
取引の度に計ったり、調べたりする必要のない、
重さと大きさ、混合物の量が一定な、鋳造貨幣(コイン)がつくられ、貨幣が統一されます。
でも、皆がつくってしまっては、本当に同じ分量のコインができるかどうか解りません。
次第に、王様や領主など、権威のある人が、コインをつくるようになっていきました。
”貨幣発行権” が、うまれます。
そうなると、お金がつくれて、どこに配るか決めることができる、王様や領主がますます権力を持つようになりました。
さて、この王様たちに仕え、定期的に国民から回収された金貨を、削ったり(税金として徴収)改鋳したりしていたのが、金細工師です。
たくさんの”金”が集まるため、金細工師のところには、頑丈な金庫がありました。
当時のお金持ちは、自分の金貨を守るために、金細工師の金庫にお金を預けました。
金細工師は、金貨と引き換えに預かり証を渡し、保管の為の手数料をもらっていました。
そのうち人々は、いちいち金貨を取りに行って、それで支払いをするのではなく、この預かり証を交換することで、取引をするようになりました。
これが紙幣のはじまりです。 こうして金貨は金庫の中に眠ったままになりました。
ある時、 金細工師は金貨を100個預かっても、1日に1人か2人しかそれを取りにこないことに気づき、
それならば、紙幣をもっと発行しても大丈夫と、紙幣を貧しい人に貸出し、利子をとる商売を始めました。
これが銀行の始まりです。
預かっている金貨は、金細工師のものではありませんし、それを元に勝手に紙幣をつくって貸し出しているのですから、これ横領や詐欺の類いではないでしょうか。
なので。 その方法は長らく秘密にされました。
そして今、民間銀行は、担保なしでも、自己資本の12.5倍の融資ができ、この大きな融資枠で金利を稼いでいます。
つまり、相変わらず、かなり、お金つくり放題。
ここに、変わらず、貧しい人たちと、お金持ちの権力者、との関係が、脈々と存在しているのでありました。
つづく〜
2014.6.3 こらむん Fukuoka